本物の彼女

とある作家さんの搬入のお手伝いに行った。

フリーペーパーをみちみちに詰めた白くて小さなスーツケースを引きずり倒しながら。ぶん回すように運んだので、ちょっと虐待みたいな感じがして微妙な気持ちになる。

ギャラリーに到着すると既に何人もの方がお手伝いに来ていて、軽く挨拶する。「あ、フリーペーパーの人かあ!」と言われて、その認識のされ方にうれしくなる。

被写体の女性とも初めて会えた。横顔が見えた瞬間、どきっとして、あ、ずっと画面越しに見ていた人だ、と直ぐに理解した。 

「もしかして、◯◯さんですか」と挙動不審ながらに声をかけると「あっ!そうです〜!」と、おおきな笑顔で返してくれた。明るい声で、元気満点な人。写真から抱いていたイメージとはかなり違っていた。

もっとすましていて、ちょっと意地悪だけど、かわいくて仕方ないから許せちゃうような雰囲気を想像していたのだ。

実際の彼女は、初対面で根暗な私のほうへひょこっとやってきて、何気なく声をかけてくれる、とても気さくで愛嬌たっぷりのかわいらしい人。

これまでの感謝の意を込めて、「いっぱい写真使わせてもらってます〜」と伝えると、

「いえいえー。……でも、写真を見ても『自分だ』って思わないんだよね。作品になるから。だから展示があっても、自分が写ってるから〜とか人にも言わないし。なんで言わないの、って周りから言われるけど(笑)」

と仰っていた。

意外だった。あれだけ身をさらけ出しているのなら、作品であっても「自分」を意識せざるを得ないと思っていたのだ。

作家さんのいうとおり、ドキュメンタリーではないことは確かだ。彼女をただ単に撮っているだけでは、あの写真は撮れない。作家さんの感受性が捉えた、あれはやはり「作品」なんだ。

とは思いつつも、数時間同じ空間で過ごしていると、被写体の女性がときどき写真の中の彼女になる瞬間があり緊張してしまった。