ツイッターみたいな日記

久しぶりに文章を書いてみよう、と思ったらひどいものになってしまった。

メンヘラでは文章なんか書けない(どなたか作家さんが仰ってた言葉)。負の感情はあんまりエネルギーにならない。

読み返してみても、まったく整理できてなくて、もうめちゃくちゃだった。なにも終わってないからだと思う。終わることなんかないけど。

 

だから淡々と近況報告を書く。

オザケンがMステに出演していた。曲もよかったけど、それ以上に画面下に表示されている歌詞がよくって、文を書きたい欲が触発される。オザケンの歌詞について気になってツイッターで検索したら、「(オザケンの)歌唱力とかは割とどうでもよくて、歌詞カードのためにアルバムを買う人っていう印象だった」と、呟いている人がいてテンションが上がる。そうそう、だよね!と、当時のことは知らないけど勝手に共感。

写真家のレンハンが亡くなった。かっこいいものをつくるひとがいなくなると、心細くなる。

お茶の入れ方ひとつでも「方法」があって、きちんとできるようになりたいなと思う。この歳になって、大人ばかりの集まりは緊張する。もう自分は子ども枠じゃないなー、と実感するから。母や親戚のお姉さん方の動きをみて、「あっ、いまのはまずかったかな」と反省。子どもたちはひたすらに賢くておもろくてかわいい。

ぐだぐだ悩むヒマがあるなら、1ページでも多く文を読んだほうがいいし、書く練習をしたほうがいい。ほんとそれだけ。なんだけどな。

やたらと料理・食関係の書籍ばかり購入してしまう。エッセイ、マンガ、雑誌、なんでも。

やっぱり文を書きたい。言葉で伝えるってことがしたい。言葉を大切にしたい。舐めてはいけない。

韓国や台湾のアートブックが気になる。アートじゃなくてもいいけど。ZINEとかも含めて。

出版は斜陽産業だとか言われるけれど、私は紙が好き。自分でフリーペーパーをつくってからは、より魅力的に感じるようになった。所有癖があるから、文字や写真がモノとして存在していることがたまらん。モノとして存在することの「よさ」ってのは、ちゃんとあるんだと思う。各方面に配布させてもらって体感したことがいろいろある。

フランスではまだ紙の本を求める人たちが多くいると聞いた。紙の文化。そのへんも調べてみたいな。

自分の現状に対しての罪悪感が少しずつ減ってる。その代わりに「焦らずに踏ん張らないと」という意識を持とうとしている。

何もやってないことがいちばんマズい。でも焦ってもだめ。事実だと思うし、いま自分が目指すところはそこ。あと貪欲さ。

台湾は夜も楽しめるらしい。夜中にかき氷食べられるんだよ、って教えてもらった。夜遊びのカルチャーがあるみたい。じっとりと湿度の高い街の屋台で、マンゴーがたっぷりのったかき氷を食べたい。ほかにもいろんな味を頼んで、同行者と分け合いっこしたい。妄想が止まらない。

おやすみなさい。